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恋愛も人生も「運命」として調整されてしまう映画『アジャストメント』

映画レビュー
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どーも!

いろいろと調整しないと故障してしまうそうなバーチャルブロガー、キサカ・ヒメノです。

さて、今回は2020年9月2日にテレビ東京の午後のロードショーで放送された映画『アジャストメント』のレビューでございます。

ジャンルとしては、SFと恋愛です。

今現在、「運命に逆らってでも愛する人と添い遂げたい…」という想いを秘めている人は、観てみるといいかもしれません。

ただし、わたしはあまり面白いとは思わなかったです。

観たことがないという人は1回くらい観てもいいんじゃない?とは思いますが、私はわざわざもう1回観たいとは思いませんでした。

わたしがこの映画で唯一勉強になったのは、「言い尽くされた言葉ではなく、自分の言葉で包み隠さず本心を話したほうが人の心を打つことができる。」ということですね。

でも、これが簡単なようで難しいというのは、ブログを書いていて痛感します。

映画『アジャストメント』のザックリした概要

上院議員候補者として有利に選挙戦を進めていたデヴィット。

しかし、悪ふざけしているスキャンダル写真が流失してしまい、敗北濃厚となってしまう。

トイレで敗北宣言を考えるデヴィットは、そこでエリースというセクシーな女性と出会い、その場でキス。

エリースの影響を受けたデヴィットは、飾らない言葉で包み隠さずに敗北宣言を行い、民衆からは更なる支持を受けることとなる。

選挙敗北後、デヴィットは選挙参謀でもあったチャーリーが経営する投資会社に役員として就職。

出勤中のバスでエリースと偶然の再会を果たし、連絡先を受け取る。

しかし、出勤した投資会社では、怪しげな男たちと不可思議な場面に出くわし、拉致されてしまう。

デヴィットを拉致した男たちは「運命調整局」を名乗り、エリースの連絡先を燃やしてしまう。

運命調整局によると、デヴィットとエリースが結ばれることは、世界にとって良くないことらしい。

しかし、エリースへの想いを断ち切れないマットは…

映画『アジャストメント』の主な登場人物

デヴィット

歯に衣着せぬ物言いで支持を集める上院議員候補者。

理性を忘れて調子に乗ってしまう性格が災いするタイプ。

演じているのは、マット・デイモンです。

エリース

トイレで偶然、デヴィットと出会い、出会ったその場でキスしてしまう大胆な女。

セクシー美女といった感じですが、あんまり日本人男性の好むタイプではないような気がします。

チャーリー

デヴィットの幼馴染。

デヴィットの選挙参謀を務め、選挙敗北後のデヴィットを自分が経営する会社の役員に迎える。

ハリー

運命調整局の職員。

デヴィットとエリースが出会わないように働きかけるが、失敗してしまう。

やがて、人の想いを踏みにじってまで運命を操作する仕事に疑問を抱き始める。

リチャードソン

運命調整局の職員で、ハリーの上司。

渋いオヤジ。

トンプソン

運命調整局の職員で、ハンマーの異名を持つ。

渋いオヤジ。

映画『アジャストメント』の感想―いまいち釈然としない―

中途半端な神様と天使

「運命調整局」という堅苦しい名前だけ聞くと、アメリカ政府の裏の組織かな?って感じがしますが、どうやら「運命調整局」の職員は人間ではないようです。

映画の中では明確にされてはいませんが、いわゆる神様と天使で構成されている組織っぽいですな。

この「運命調整局」という組織は、人の運命にちょっとだけ干渉(調整)することによって、世の中を良い方向に導こうとしているようです。

不思議な能力を持ってはいるけど、かといって万能というわけでもなく、その能力には制限がある模様。

その組織の成り立ちとか能力にいまいち釈然としない部分があって、ストーリーに関わる重要なポジションのはずなのに存在が中途半端に感じられました。

共感できなかった出会いと想い

恋愛映画として観ても、いまいち共感できなかったです。

トイレでたまたま出会っただけの男女がその場でキスしてしまったり、たったそれだけの相手のことを何年も思い続けたり…(しかも、人智を超えた存在から運命を否定されているのに…)

「運命の人じゃなくてもかまわない」みたいな歌の詞があったと思いますが、この映画には、そこまで深く想い合うような場面もありませんでした。

「世界の行く末を無視し、運命さえも乗り越え、愛を貫く」的な映画なんだと思いますが、やはり釈然としない。

アナタは運命を信じますか?そして、運命に抗いますか?

なんだか辻褄合わせのために映画のスケールも小さくなってしまっているし、全体的に浅い映画としか思えませんでした。

わたしの見方が浅いだけですかね?

たぶん、わたしがこう感じるのは、わたし自身が「運命」なんてものを信じていないから。

そして、もし「運命」というものがあるのなら、それはそれで「運命に任せるしかない」と考えているからだと思う。

  • 運命に逆らってでも結ばれたい相手がいる。
  • 運命に逆らってでも成し遂げたい夢がある。

という人は、この映画を観てみるのもいいかもしれません。

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